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中受ブログ/塾は模試だけで合格させる!プロジェクト

中受に塾は本当に必要なのか?あえて定説に逆らい、塾は模試だけを活用するためのブログ/わが娘の小学校進学を機に、6年後は筑波大附属中学に通わせると固く決意。まずは父自ら入試問題を研究。どうなることやら。 ^^;

中受/塾選び❗ 昔と今はちがう !? ②

 皆さんは、習い事、何をしてましたか?

 

自分は小学校のころを思い出すに、

まず初めに、小学3年生のころに「そろばん」と「書道」を始めました。

母に手を引かれ、何がなんだかわからないうちに始めました。

近所の塾なので、友達も多く、行き帰りの駄菓子屋がパラダイスで、夏は「ところてん」、冬は「みそおでん」が美味しくて楽しみでした。そうそう、中学生のお兄さんやお姉さんなんかは、駄菓子屋の奥で「もんじゃ」を焼いて食べてましたね。部活帰りの空腹を癒してたんでしょうね。習い事に通うということは、同時に、友達と買い食いすることが多くなるということで、そうすると自然に、上級生のいじめっ子や中学生の不良に遭遇する確率が増すわけで、それがまた日常生活にスリルとサスペンスをもたらすわけです。(笑)

自分的には、「そろばん」より「書道」のほうが好きでした。そろばんは、何か時間に追い立てられるようでいやだったのと、何より珠算の検定試験合格に向けて練習しているっていうのがなじめませんでした。なので、2度目で3級を合格したのを機にリタイア。「書道」はのんびりしていて好きでした。納得できるまで自分のペースで書けますし。どれくらいすごいのかは不明ですが、毎年上野の美術館に出展し、「支部連合会賞」を2回、それと5年のときは「日本習字学会賞」なるものをいただき、渋い銅製の鯉の形をした文鎮をもらいました。これは、今でも自慢の宝物です。(笑)「書道」は中学生になってもしばらく続け、やめるときはその「書道塾」の先生に『継続は力なり』とわざわざ自分で書かれた金縁の額をもらいました。よっぽどやめてほしくなかったのでしょうね。(^^)v

 

あっ、そういえば、忘れてました!

たぶん2年生のころに「ヤマハ音楽教室」にちょっと通いました。確か、当時、幼稚園の教室をそのまま使っていた。その後、親戚や近所の音大のお姉さんにピアノを5年の初めくらいまで習いました。どのお姉さんも優しくて楽しかったですが、自分的には全く才能を感じなかったのでいまいちでした。右手と左手、それから足が同時に違う動きをするというのがなんかダメで。ちなみに初めての発表会は緊張して、発熱&嘔吐でしたよ。(^^;)

 

それから5年のとき、一瞬「リトル・リーグ(野球)」に入ってました。

 

習い事といえば、そんな状況のなか、

小学4年の終わりのある日、突然、母が新聞チラシの広告を夕食後に見せ、

「明日ここに行くからね」とだけ言われました。

そのチラシには『落合学院』と書いてあったので、最初どこかの病院かと思いましたし、それよりも名前に「落ちる」という字があったので、何かダメな人間がいくところなのだと思いこみ、ひとりで落ち込んでいたりしました。

 

それが、まさか、『中学受験』するための『塾』だとは・・・・・。

その「落合学院」・・・。入塾テストを受け、入塾するわけですが、

これが、まさに自分はハマりました!

この塾は、一橋大学出身の落合先生が「脱サラ」して始めた塾。

当時、中学受験塾としては、中堅の中堅くらいの存在でしょうか。

(中受専門塾というわけではありませんでした)

 

でも「いい塾」でした。

まず、院長である落合先生が面白くて、わかりやすくて、あったかい。

あえていうなら、スーツを来たサンタさんですかね。(笑)

僕のことをあだ名で呼んできたりしましたが、逆にそれがうれしかったり。

授業中にコンバットで、自分のおなかをパパンパパンパンパンとたたいて笑わせたり。

一番面白かったのは、ちょくちょく、これ、落合先生やるんですが、黒板に残ったチョークの消しカスを、コンバットでパンとたたいて、まるでカーレースのようにツーっと落下させてみせたこと。疲れたころによく、それをやってくれて、皆が爆笑したのを覚えています。

授業の終わりは、できた人から帰れる「さよオナラ問題」(笑)。

毎週土曜のテストの日は、お菓子やアイスをくれてたな。

生徒たちはのびのびしていて、休み時間は、テナントビルの広い駐車場で「カドぶつけ」をしたり、卓球台があったので卓球をしたりしてました。

先生たちはそれぞれに面白くて優しいし、学校の先生より色々なことを知っていたので知的欲求も満たされ、とても楽しかった。

この人間味の部分が、当時圧倒的な合格実績の「四谷大塚」(今のSAPIX以上)、それから飛ぶ鳥落とす勢いで開成合格者を出していた西日暮里の「桐杏学園」も、遠く及ばないところでした。

だから、「四谷大塚」は日曜テストだけで普段は通わないことにしていたし、開成学園前で鉢巻姿の派手なパフォーマンスで有名だった「桐杏学園」にも5年の夏期講習にちょっと行っただけで、その後また「落合学院」に戻ることにしました。

 そしてその後、自分も無事合格。

当時「落合学院」は大きな校舎に移転して「勝負」だったとは思いますが、中堅の塾としては素晴らしい結果で、一番上のクラスから開成だけで5名の合格者を出してました!

 

塾選び・・・。

以上の話は自分の経験談なので古い話ではあります。・・・が、

こと「中学受験」、精神的に未熟な小学生が一発勝負の試験に賭けるという特殊環境下に置かれることを考えれば、その塾の先生、とりわけ現場の長にあたる塾長先生の人間性、そこから醸し出される「人格」ならぬ「塾の品格」のようなものが重要なポイントになることは間違いないかなと思います。(でないと、親も子も安心して勝負に突っ込めない!)

子供は、うまくハマれば、能力以上のものが引き出され、いつしかそれも自分の能力になってしまいます。そんな奇跡のようなことを起こしてくれるのも、塾の先生との心のつながりがキーポイントになります。

(中学受験のとき、小学校の先生は大概は傍観者でしかありません。)

小6の夏まで全てが順調に運んでいた寡黙な女の子が、夏期講習が終わって、突然受験したくない意思を表明し、塾も学校も休みがちになり、すべてがご破算になった例も実際に身近で知っています。

何が原因だったかはわかりません。

でも、おそらく成績の問題ではない・・・。

 

 

次回は、「桐杏学園」のこと、「SAPIX」のことなどに触れたいと思います。(^^)/